これって骨董品?の最近のブログ記事

 テレビ・冷蔵庫・レンジ・洗濯機・ウォシュレット...

そして 、ジムニー!あんたまで(;O;)

と言っても、ジムニーの場合は  例の 《10年タイマー》 どころの話じゃナイですが 、

故障品続出の わが家にトドメを刺された気分です   (;¬_¬)


今、修理屋さんで診てもらってて その診断の結果を待ってるところです。

愛車が動かなくなって、電話で修理屋さんに症状を伝えたら

「そらぁ ターボが飛んだかも!!」って。
「?」 なんじゃソレ?!

どうやらエンジンの故障みたいです。  マイッタぁ    ┐(´~`;)┌  



「もっと大切にしたったら良かったなぁ」と夫と反省しつつ、「いやいや、充分老衰の域でしょう」とも思ったり...

母上サマ曰く、「よぅ アノ車で 今まで我慢したなぁ 」なんて

妙なねぎらいの言葉を もらったりして...

そう言えば、テレビが潰れた時も同じ事言われたっけっかぁ...(^^;)v

    きっと不憫に思ってもらってたんですねぇ

 


 何となく 《 廃車?》って 気分で書いてますが、いやいやまだ 結果は出てナイです!

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 愛車のジムニーは軽貨物ですが 4WDです。腐っても4WD

雪が積もるこの辺りでは、エエ仕事する車なんです。


わが家のレベル( エンゲル係数じゃなくって、人数とか生活水準。

それと明らかに エレガントじゃないところ とか... )には、

ピッタリ!の車やねんけどねぇ...

さて、ジムニーの運命やいかに! \(-_-;)     

              

10年ちょい前の写真です。みんな変わっちまったなぁ。。。

 

satomi63.jpg久々に、わが家のお宝紹介です。

見るから「古そう!」って感じでしょう?どちらも購入したモノではなく、いただきモノです。

とくに 奥のトランクの方が古いはずで、 私より少しお姉さん(年齢的に)から譲り受けたのですが その方のお父様かお祖父様が使われてたという事なので 昭和初期か大正の頃のモノみたいです。その少しお姉さんは、京都のエエトコのお嬢さんだったので このトランクもハイソな旅をしてきたんだと思います。

手前のは、昭和20年代に使われてたトランクです。絶対に間違いないです。元の持ち主は 私の父(*1)だからです。

私が小さい頃には、もう使われずに 押し入れの奥に しまわれてましたが、要らんモノ扱いというわけではなかったです。そして、すごい大きいトランクっていうイメージで見てたのを覚えてます。が、実際には、そんなでもナイです。

自分の部屋を思うように飾りたい年頃...といっても、すでにアイドルのブロマイドやポスターを卒業してたんで 中学生の終わり頃(カナ?)の時には、このトランクを部屋で使ってました。(渋好みの少女でした)

ところで、このトランクにペタペタと貼られたシール?ステッカー?ですが、決して父が貼ったモノではございません。(分かるって?)

やったのは、弟(*2)です。彼は、大学に通ってた頃 アイビー小僧(って言ってたと思うのですが...プレッピーなんてのもアリましたねぇ。当時、流行ってたでしょ?)だったんで、ヘアスタイルはクルーカットマドラスチェックのコットンJKバミューダ-パンツレジメンの蝶タイとかも平気でしめてた記憶があります。穂積和夫さんのイラストのような...でピン!!と来る年代も限られてるのかな??

そんな弟と このトランクの接点と言えば、雑誌MEN`S CLUBです。ほら、トランクの左上と右下に貼ってあるでしょう!

で、その雑誌の中で ≪街のアイビーさん》みたいなコーナーがあって(すみません 正式なコーナータイトルまで覚えてないです)、お洒落にアイビーファッションを着こなしてる人の写真が掲載されるという アレです。『○月○日大阪で撮影決定!アイビー小僧集れ~!』ちゃんと誌上で予告アリです。「そりゃ行くでしょう!」とばかりに、写してもらいたい彼は 目立つ格好で出向くわけです。そんな時に大切な小道具として持ち歩いたのが このトランクなのです。

お陰さまで 弟は、道頓堀の橋のたもと(今や、通称ひっかけばし)で写真に収まって誌面掲載されました。ごくろうさん。

今は、門間家所有です。

父は、このトランク1つだけ持って 広島から大阪へ出てきました。父本人は どう思ってるか分かりませんが、私は このトランクの事を 父のルーツのように思います。それから45年間勤め上げて 無事定年を迎えたのが15年前です。そして、また広島に母と戻って暮しています。その時の大阪から広島までの引っ越しの荷物は、特大のコンテナトラックでした。荷物の量で人生を計るわけじゃないですが...この両親の娘でよかったと本当に思います。(^^ゞ   

ちょっと、照れつつ...最後の締め、なかなかエエ文章になったんで、父の日に使われへんかなぁ... (≧▽≦)v

                           かしこ       H18.5.20

  父(*1) 顔は、私といっしょ。よく、≪はんこ≫と言われた。

  弟(*2) 学生の頃は、郷ひろみ似。少し経ってからは布施明。現在は...言いづらい。  

satomi51.jpgっ!っ!

また、この季節が来てしまいましたぁ~あ。と 言っても、まだまだ序の口。これから日々 最高気温とか不快指数とかを更新していって‥ おそろしや おそろしや (--;

梅雨や言うのに、雨も降れへんし けったいな具合ですワ。

そのせいか、わが家のご主人さまは、「からだが重~い」「なんかだる~い」の連発で なかなかスッキリしないみたいです。(ほら、やっぱり禁煙 失敗したからやワ‥フフ)

ところで、わが家ですが 店とお琴の稽古場以外は エアコンないんです。

つまり、普段の生活の場にエアコンを付けてないので 食事をするときも寝る時も、網戸越しの風と扇風機が頼みのツナなのです。

 写真の扇風機 なんだかなつかしい匂いがプンプンしてくるでしょう!

わたしの実家からの、持ち込み品です。わたしが産まれた時にはあったのかなァ‥赤ちゃんの時(座れるようになった頃)の写真にこの扇風機も一緒に写ってるのがあるんで、結構な年代物(?)でしょう。因に動きます。

当時は、最新式だったみたいで 遠隔操作できるんです。リモコン操作です。コードで本体とは繋がってますがリモコンでON・OFFと3段階の風力操作ができます。

で、そのリモコンですが(写真にも写ってるの本体の左に転がってる白いモノ)、コード付きのコノ形!何かに似てるって思いませんか? 口元に持ってきて歌いたくなるのは、幼少時のわたしと弟だけ?

子供の頃、わが実家で わたしと弟はこのリモコンを手にするためのバトルが繰り広げられて、勝者がこれをマイク代わりに持って歌うんです。でも、歌ってみても別にマイクじゃないので素で歌うのと 変われへんやん!で、次は回転してる扇風機に顔を近付けてこのマイク(リモコン)を持って歌う‥と、エコーというのかビブラートというのか 風力で声が なんかエエ感じに聞こえるのが気に入ってたんです。最後はたいてい「危ない遊びは止めなさい!」の一声で今日のところは終了 と、相成ります。 ∞∞∞∞

 はぁ、今こうやってキーたたいてても いものはい!

2~3日前は、37.2度!ニュースにもなってたし、昨日だって35度!なんちゅう気温!天気予報は、雨降るって言ったのに‥また降らなかった‥天気予報が熱帯夜とか言い出すのも 時間の問題でしょうねぇ。ハァ~

そう言えば、息子がもうちょっと小さかった頃、エアコンのない寝室で寝てたとき 夜中 突然座って、あまりのさにシクシク泣き出したのを思い出します。よっぽどだったのでしょう。不憫。

 世間はクールビズとか言って、ノーネクタイにノージャケットで エアコンの温度設定を28度に!だとか‥

でも、すでに30度の部屋に居るわたしは、冷えたビールでも飲んで この夏を乗り切らねば!と、意を新たにしております。

  みなさま、始おみまい申し上げます・  

                かしこ        H.17.6.28

satomi39.jpg鉄瓶が巷で 流行ってるって聞いてびっくりです。

地味重くて さらに面倒くさいのに‥って。いつも使っている人間が言うんだから本当です。ホーローやステンレスのやかん(そんな場合は、ケトル?)の方が手間が掛らなくって便利だと思いますよ。それなのに、我が家のやかんは 二つアルうちの二つ共が鉄瓶です。

この頁の其の壱でストーブを紹介しがてら・この鉄瓶の事も ちらっと記しましたが、もう20年来 毎日のつきあいなので 渋さに磨きがかかって、ついに詫び錆び!ってトコかな。地模様が浮き上がってるのわかります?竹に雀です。

当時、お茶を習っていて 炉の炭で茶釜のお湯が沸いてるあの空間がものすごく好きで、かすかに香と炭の香りのするお茶室で、お湯の沸く音を聞きながら お菓子とお茶をいただいて‥(あぁ、至福の時!)。

で、何にでも影響されてしまうわたしは、家に新品の鉄瓶がしまってあったな!と探し出して、その日から鉄瓶お世話が始まったのです(使い始めは、ちょっとばかり面倒なのでお世話です)。

satomi40.jpgといっても、鉄瓶の内側が馴染むまでのしばらくの間、《お湯を沸かして⇒そのお湯を流して⇒フタを外して乾かす》 をくり返すだけです。お湯が沸騰するくらい熱くなった鉄瓶なら、フタを外しておいたら余熱でさぁっと水分は蒸発するんです。そうやって くり返してると、沸かしたお湯に鉄瓶独特の色や臭いが移らなくなってくるんで、そうしたら日常づかいが始められます。

面倒とか手間が掛る」とか最初に言っといて 何ですが、使い方は普通のやかんと一緒です。

ただ、ガスの火を使うんなら中火までの火力にしたり、中にお湯を入れっぱなしにしない!とか(使い始めのお世話と同じで、熱々のうちに中をからっぽにして ふたを開けてれば勝手に乾いてくれます)。ついでに、内側が白っぽくなるくらい(湯あかです。これも沸かしたお湯を美味しくしてくれる成分らしいです)馴染んだ鉄瓶なら、お湯が入ったまま置いといてもちょっと間なら大丈夫になります。(我が家の場合、お湯を流すのを忘れて一晩置きっぱなしは多々アリ)。

◆◆鉄瓶霰文様(てつびんあられもんよう)使って6年目に突入。ふたの把っ手が鈴みたいにコロコロ音が鳴るようになってます◆◆          

satomi41.jpgこのごろ話題のスローライフってのから どんどん遠くなってる我が家ですが(貧乏ヒマ無し!で超ファストライフ化に)、すこし前のもうちょっと前頃 コーヒーは、コーヒーミルでコリコリした挽きたての豆で入れてました(某ドラマの喫茶店みたい?にです)。もちろんお湯は鉄瓶からですが、ペーパードリップなので この重たい鉄瓶を持ち上げて細ーくお湯を注ぐのは ちょっとしたストレッチです。^^;   

 鉄瓶で沸かしたお湯は、まろやか優しい味がします。ついでに体にも優しくって、わたしの貧血が治ったのは鉄瓶のお陰と思ってます。『鉄瓶の鉄分(2価鉄イオン)がお湯に溶け出し体内に自然に摂取できる』って検索した頁に ちゃぁんとアリましたから‥鉄瓶万歳!  \^-^/




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                                 かしこ 

satomi35.jpgランプシェードというよりは、電灯笠。和モノです。

こう 画面上に並べてみると、「優雅~ (*o*)」と、あらためて うっとり。

笠の乳白色のガラス素材っていうのが良いのか、中の電球の温かそうな色が良いのか透けて見える模様もホンワカしてて良いでしょう?


それと、大正から昭和のはじめ頃の古いモノだからか、なんだか懐かしぃ気がして(まさか!その時代には生まれてナイですっ!) こころが落ち着くような灯です。

satomi37.jpgで、この電灯笠 もらいました。其の七 我が家の雛人形で、「竹ちゃん」ってよんでる市松人形のことを記しましたが 「竹ちゃん」の元の持ち主の方からです。その方からは、家の建て替え等で「いらなくなるから」といろんなモノを多々いただいていて 電灯笠もその中のひとつです

20歳ちょい前位から、大正ロマンとかに魅せられてしまっていた私としては(最初はアクセサリーとか、着物とか身の回りの小物から当時のモノをちょこちょこ買っては着たり身に付けたりして楽しんでました)、この調度品(?であってる?)がウチに来るっていうのは、メチャメチャ嬉しくって 小躍りしてしまいました。

satomi36.jpg実はわたし、蛍光灯は白々しくって キライです。何でもかんでも 明るけりゃぁエエってなもんじゃないでしょ!

でも、お琴の稽古部屋の60ワットの電球↑は流石に暗かったみたいです(私は慣れてしまってて自覚症状ナシ)。 -----「暗くって楽譜が読めない!」とは流石に生徒も言われないけど、「見にくい?!」のでは‥と気づいてしまって‥‥

satomi38.jpg百歩譲って白々しい蛍光灯も‥考えたけど、結局 一歩も譲らず、でも百ワットの電球には変えて(この程度で御勘弁!)お稽古は続行させてもらってます。

      生徒の皆さん!ごめんなさい m(_ _)m 

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                                  かしこ

satomi24.jpgなんともキッチュな時計でしょ?3つ共、USEDで昭和30年代のSEIKOのものです。色とか振り子が見えるガラスのデザインとか、良いでしょ!えっと、商品紹介じゃないですよ。この写真も店内じゃなくって居間の壁です。振り子という事は‥もちろん ♪チクタク チクタク~ 3つが各々 ビミョーに違うリズムで刻んでいます。さすがに、時報の♪ボ~ン ボ~ン~って鳴るのは止めてありますが、振り子の ♪チクタク くらいは慣れると全然 気にもなりません!

ついでに言っておくと、この3つの時計の向いの壁にも振り子の掛時計1台と手製のLP時計のお気に入りのを2ヶ。また正面の棚には電池式のデジタル(といっても液晶じゃなくって、数字の部分が上下で分かれていて、1分毎にパタッ パタッと上の部分がめくられていく‥)とで 計7台もの時計に囲まれているわけです。

でも、そうやって好きで7台も時計を飾っているにもかかわらず、「今、何時?」ときかれたら、正確さではビデオの液晶の小さく映し出された数字が一番頼れる時間なのです。みな、ごめん!

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ゼンマイ式柱時計

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今や仕事にもなってしまいましたが、好きでやってます。とにかく弾くのが好きで、部屋で独りで弾いてたら1時間や2時間くらいあっという間に経ってしまって、主婦の部分で「エライこっちゃ」と慌てる事もしばしば。

生徒とのお稽古も面白い!週1回のマンツーマンで、1時間みっちりと‥生徒も私も一生懸命で力が入った時には、痺れて歩けなかったり(正座でのお稽古なもんで、仕方ないんです)、思わず2人して屈伸なんて事も。生徒とのお稽古とはいっても、1年半以上来てる生徒とは しっかり合奏もできるし「楽しい~!」限りです。ウチの生徒は飲込みが早いというか、優秀です(師匠バカ)。皆、お琴以外の楽器の経験があったっていうのは すごい強味でしたヨ。

それと人前で弾いたり誰かに聴いてもらうっていうのは、これがまた良くってアドレナリンドバーッ!と出てる感じは たまりません。と言っても、ストリートミュージシャンでもないので、人通りが多いからと楽器を持ち出して勝手に演奏するわけにもいかない訳ですが‥

*****ご依頼があればボランティアでどこへでも楽器かかえて参上致します!

『お琴、弾きます』って聞くと、優雅で楚々としたモノを想像されるかと思います。が、残念ながら力仕事です。弾く事自体はそんなに体力勝負!ではないですが、弾く為には、目的地まで運んだり設置したり‥身長より長いし 中は空洞とはいえ木材です。まして17弦ともなると、ちょっと持ち上げると天井に当りそうになるし、とにかく重たい!やっぱり準備中は、たくまし過ぎて見せれたものじゃないです。きっと変わった材木運んでる人にしか見えない事でしょう。

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                             かしこ

satomi14.jpg歴とした骨董品です。この時計との出会いは6年程前、秋のお彼岸に四天王寺参りに行った時です。大阪(天王寺)の四天王寺さんの毎月21日 弘法さんの骨董市は全国的に有名ですが、お盆の万燈会(境内はロウソクの火でいっぱいになります)や春と秋のお彼岸にも沢山の市が出ます。

そこに出店していた骨董屋さんでの事でした。ご主人様の一目惚れでした。私もその時 この時計の事を気にはなってたのですが、見るからに高価そうだったので自分の視界に入れない様にしながら他のモノを物色していました。ところがご主人様ときたら、この時計の事を 前から後ろから思いっきり視界に入れて そこから一歩も動こうとしないではないですか!その後、状態について・値段について お店の方と「あーだこーだ」のやり取りをして、結果 我が家に来ました。いえいえそれでもまだ高価だったんですよ(門間家のサイフにしたらです)。

アールデコ様式ウェストミンスター置時計 文字盤に空いた三つのカギ穴が特徴

satomi15.jpgそれからもこの時計は入退院(買ったお店での修理や、アンティーク時計専門のお店に)をくり返したりで、世話がかかって ちょっと大変な時計です。そのアンティーク時計専門の方に言わせると、「この時計は15分置きにチャイムが鳴るでしょ~構造が複雑なんですよ~買った時の値段に近いくらいの修理代がいるよ~」(言い回しを正確に再現してみました)らしく、初めに教えてよ!って感じです。また、其所のご主人いわく「広ーいお屋敷でね、この15分置きに鳴るチャイムで時計の無いところでも時間が分かる様になっているのよ~。まだ時計があまり普及していない時代の工夫の代物だよ!物語を感じるね~」。とも・・大切にします!

そんなこんなの衝動買いの時計ですが、曵かれたんですねぇ‥一見タダの置き時計なんですが、私がまず「えっ?」って思ったのは文字盤をガラスが覆っていない事。次の「えっ?」は、文字盤が木目という事。よーく見てみると とってもアールデコ(1920年代)なデザインだ!!という事。で、最後の決め手は その場で骨董屋のおじさんが動かしてくれたのですが「学校のチャイムが鳴ってる!!!」。 恥ずかしながら 世間知らずな私たちは、この音を聞いたとたん飛びついてしまったという訳です。

satomi16.jpgイギリスの番地の看板です!(実物です!何故か我が家に)

骨董屋のおじさんが この時計を説明するのに何度も口にしてた言葉、『ウエストミンスター』。 私たちは、「♪キーンコーンカーンコ~~~ン♪」この鐘の打ち方をウエストミンスター(ウエストミンスター打ち?)と呼ぶんだと思っていました。そうしたら、「ウエストミンスターの鐘」という名前のれっきとしたクラシック音楽があるじゃないですか!
 
 その曲の正式名称は[Pieces de fantaisie pour orque Op.54/Carillon de West minster]...「幻想的小品 ウエストミンスターの鐘」と言いうそうです。スミマセン 偉そうに語ってしまいましたが、聴いた事ないので これを機会に是非探してみます。聴いてみたいですね。

  日本の学校でこのチャイム音が使われるようになったのはやはり戦後で、それまでは授業の開始や終了を知らせるのは「ジリリリリリ!!」というような金属音だったようです。「これを変えたい」として提案されたのが、イギリスの国会議事堂(ウェストミンスター宮殿跡)の 時計塔 "ビッグベン"で毎正時に鳴る鐘のメロディーで、「♪キーンコーンカーンコ~~~ン♪」と言えば もう、おなじみですよね。

そうそう!イギリスの国会議事堂(ウェストミンスター宮殿跡)の時計塔「ビッグベン」というと、私には ちょっとした思い出がありまして‥‥話は大きくはずれるんですが、結婚するに際してのイベントっていろいろありますが(面倒な事も含む)、大きいところで結婚式と新婚旅行。ウチのご主人様っつーのは結婚式と新婚旅行どちらも「いらない!」というタイプ。当時、まだ世間はバブリ-で結婚式っていうとゴンドラに乗ってスモーク焚いちゃう時代でしたが、ウチの場合 ご主人様を説得の後「ジミ婚で」(時代の先駆けでしょ?)と式だけは、なんとか決定できました。そして問題の旅行。行きたい処も無いんならと、ヨガにはまってた私としてはインド!とか 楽園バリ!とか 近場で返還直前の香港!とか 他にも多々。ところがドッコイ「ビッグベンが見たい‥」とご主人様のご発言。なんや!見たかったらハヨ言わんかいな!とばかりに、英仏の旅決定と相成りました。もちろん初日のツアーで見ましたよ!めでたしめでたし。

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追記) 我が家にはこの時計以外に16台の振り子時計があります。8日巻から30日巻きの様々な時代の振り子時計が有りますが、皆「カッチ、カッチ」と心地よく時を刻んでいます。中には時々休んでしまう時計もいますが、オーバーホールや振り子のバランスを調整したりで 皆、現役です!

振り子時計はゼンマイを動力として、振り子の長さを変えて時間を調速します(柱時計)。

骨董市などで入手出来る時計は、特殊なモノを除いて明治六(1873)年前後から日本国内で使われた時計。この明治六年は、太陽暦への改暦が行われ今日の日付けや時刻制度になった時です。急激な西洋化と新しい時刻制度から時計の需要が高まりましたが、時刻制度に合致する時計が当時の日本には無く、アメリカやドイツ製の時計が代理店を通して国内に急激に輸入されました。、この傾向は日本の国内メーカーの量産が軌道に乗り大正時代中頃まで続きます。この頃を境にして輸入時計と国産時計の数が逆転したそうです。

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「ひな祭り」は、ひな人形を飾り、桃の花を生け、草餅や菱餅をそなえたりしてお祝をします。』!!!そう!そう!でも、子供の日みたく祝日でもないんで 一見 華やかだけど、実は地味~な扱いですよねぇ 女子のみなさん。歳と共に雛人形も飾らなくなったり(確かに面倒?)だいたいお祭り?ですか?クリスマス以上にケーキ屋さんの広告が不自然に思えたり 「なんで雛祭りケーキやねん」なんて‥でも、お雛さん 私は出しますよ。うちの子供は男の子なので私の為にだけ毎年飾ります。もともと季節モノが好きってのもありますが、それより何より大の人形好きだからです。人形って言ったって色んなのがありますが、かわいいのやファンシーなのはゴメンナサイです。ぬいぐるみなんて本当にゴメンナサイ!です。

ヴィスクド-ルや日本人形が好きです。アンティークド-ル良いし、四谷シモンさんの人形も良いし、寿サブローさんの作品も大好きです。魂が入ったような人形にひかれます。でも西洋人形との縁は無く、うちに居るのは和の人形です。木目込み人形や押し絵(羽子板etc)を創ってる母のお陰(?)で自然と集まってしまったってところです。

ところで、↑写真のお雛さんは母の今年の作品です。人形を創る人にとってお雛さんというのはメインイベントのようで、毎年 新作を創っては送ってくれます。リアルな美しさとはちょっと違いますが、縮緬や金襴をまとった人形は やっぱり良いですよ。暖かい感じするでしょ?で、私の正式なおひなさんは?って?持ってないんです。小さい頃「今、創ってるのがアンタのお雛さんやからね」って母に言われて出来上がるのを待っていると、完成する頃には売れ先が決まったりしていて‥でもイヤな思い出じゃないのは、創っているのを見ているだけで満足できたって事かな?母がお雛さんを創る度に自分のモノのような空想をしていたのかも。

ここまで語ってて なんですが、今回3月3日に合わせて本当に紹介したかったのは、我が家の「市松さん(いちまさん)」たちです。複数形ですよ5体ですから。↓ほ~ら!1男4女です。「ひぃ~恐~!」なんて言わないで下さい。変な念の入った子は一人もいないですから。ってそう言われたら、もっと気持ち悪いですか?でも本当に素性の知れた『市松さん』たちなので ビビらず読んでやって下さい。

satomi11.jpg では、紹介しますね。えーっと、買ったのは一番右の男の子だけで その隣の女の子は母の作品で木目込み人形です。左の2人は頂き物です。まん中の子は私のお節供にと祖母からの贈り物です。皆 年代はバラバラで、一番お姉さんは たぶん左から2番目の『竹ちゃん』かなぁ(元の持ち主のお名前からそう呼んでます)。母の押し絵仲間の方で 80歳代になられたかな?その方と同じ歳のはずですから。

*話しそれますが、大阪時代には その方と一緒に母と私はヨガ教室に通っていました。とっても素敵な方で、ヨガ教室の帰りには一緒にするランチとウインドーショッピングがセットでした。そうそう、高島屋で観た『中川一政展』も一緒でした。どこまでも続く薔薇の絵を観て大笑いした仲です。私もあんなふうに歳を重ねられるんだったら、歳を取るのも楽しみだわ!って言えるくらい私たち母娘に影響してるんじゃないかなぁ‥さらに話しそれますが、その方の家の建て替えの際に「いらなくなるから」と家具(お嫁入りで持って来られた食器棚や照明機具etc)や諸々たくさんいただきました。またの機会に紹介しますね。

一番左の『市松さん』も『竹ちゃん』と同じくらいの歳かなぁ‥人形をさわる母の元に「きれいにして欲しい」と古い『市松さん』2体持って来られて、着物は1体だけ新しいのを縫って着せかえさせて、もう1体(我が家に来た方)の着物は洗ってきれいになったんで 帯と帯締めと帯揚げ(も、だったかな)だけ新しいのを着けてあげてたと思います。顔はきれいにお化粧し直して、髪の毛は植替えてます(我が家の子達の髪の毛は皆 母が植替えました。ね、恐くないでしょ)。 で、一度は依頼主に2体共 納めたところ「お礼に」と1体くださったというわけです。それはもう めちゃくちゃ嬉しかったですよ!おっと、忘れるところでした。もう1体 黒一点が残ってました。といっても彼は、人形問屋の店先で安売りされてたのを「そういえば男の子いなかったなぁ‥きっと皆 喜ぶ?はず」と軽~い気持ちで買ってしまったモノです。ハーレムです。うらやましい? 


      ほら、もう『市松人形』も ぜんぜん怖くないでしょ     かしこ

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satomi8.jpg                                                   朝日を受けたステンドグラス

我が家には6枚のステンドグラスがあります。その内 5枚は家(店)の一部として、明かり取りの役目で埋め込まれています。

色の付いたガラスって本当にきれいなんです。でも、色が付いて無い透明なガラスも、いろんな地模様があったりして‥とにかく 光を通した姿はなんともいえず、それが気持ちの良い朝日だったりした時には、思わず拝みたくなる私でした。(スミマセンおおげさでした)

プチ自慢します。新婚旅行の際『ノートルダム寺院』に行って、それはそれはとてつもなく立派なステンドグラスを案内の方が指して、「晴の時より曇りの時の方がステンドは綺麗なのですよ」と説明してもらいました。本当にその通りで、色がハレーションおこさずハッキリ見えるのは曇りの時です。

はじめてステンドグラスというモノを購入したのは、ご主人さまへの誕生日のプレゼントでした。近所に『トキ貿易』というアンティーク屋さんがあって、私たちの休日の散策コースにそこが入っていたので、買う訳でもなくよく出入りしていました。その日も、ひやかし気分で入ったくせに、ご主人さまは、なにげに目にした『薔薇模様のステンド』を力一杯見ていたのですが、プライスが付いていなかったせいか(値段を聞くのも恐かったのでしょう)その時は、欲しいともなんとも言わずに帰りました。その後、何度か通っても「まだあるね~」の会話が1~2ヶ月か続いて‥ じつは この頃、私たちは本当のところ"テーブル"を求めてアンティークショップ廻りをしていた頃で(それについては、また後日)、納得できるモノ(サイズ・雰囲気・価格!)を探して右往左往でした。そうしたら、『トキ貿易』にちょうど良いテーブルがあったのです!で、そのテーブルの代金を私が支払に行ったついでに 意を決して例のステンドの事をきいてみたら、「な~んや、私でも買えるやん」程度の値段で、めでたくご主人さまの誕生日にプレゼントできたのでした。もちろん、えらく喜んでくれましたよ。

  そうなんです。真のステンド好きは ご主人さまなのです。

satomi9.jpg ご主人さまのステンドグラスの鮮烈な出会いは、テレビドラマ『探偵物語』の工藤探偵事務所内のステンドグラスらしく、そこで見た記憶は消せないようで それで見たのと同じような?なんだか怪しげな花模様のデザインを好み(ある意味おとめチック)、門間眼鏡店内には2ケ所にステンドをはめ込んでいます。<U>毎日、御近所の「バニー服部さん」を相手に「ダメだこりゃ~」と探偵事務所気取りです。</U>(ここの文はどうしても書いて欲しいと‥)やはりこの年代には松田優作さんの影響は思春期には強烈だったんでしょうねぇ~●ー●。 ちなみに私は、ショ-ケン派で火鉢に半纏か、襟元に新聞紙でコンビーフですかね。v(^。^)

 
我が家にあるステンドは、ほとんどがヨーロッパの家で実際に使われていた窓だったり、ドアだったりした1930年代のモノです。

 これも、そのまんま枠付きで鍵ノブ付きのモノです。ご覧のように 右下の方に一本不自然な横線が入っていますが、ヒビを鉛で修正してあるのです(我が家のポリシーは、譲っていただいた物や、捨ててあった物や、決して高価な物は購入しない事です!リサイクルと言う方かも知れませんね)。このステンドのお宅は、たぶん新しい窓枠をはめ込まれた?のでしょうねぇ。はるばる日本まで運ばれ我が家の窓際に飾ってあります。『捨てる神あれば、拾う神有り』です。

その他、ステンドガラスは3種類はめ込まれています。機会があればまたご紹介しますね。門間眼鏡店店内2ケ所のはいつでも見にきて下さい!ちなみに、一番最初に買ったステンドは入って正面上の『かわいい』の です。

最後に、今日2月22日は ご主人さまの誕生日でした。

                             かしこ

                               H.16.2. 22

以下、資料より

ステンドグラスという言葉の由来 
ステインとは「着色する、染付ける、脱色する、焼き付ける」といった意味で、焼き絵を施したガラスというのが本来の意味だそうです。

以前に聞いた話なのですが、ステンドグラス工芸として日本は、明治の文明開化の時代までステンドグラスの姿を見ることはなかったようです。
その後、明治初期にアメリカ・ドイツへ留学等した日本人が技術を持ち帰った事から始まったといわれます。
 西洋建築物・華族の邸宅等に使われ、次第に広まっていったようです。太平洋戦争により多くのステンドグラスが破損・焼失した為でしょうか、戦前の日本製のステンドグラスはとても希少で外国製よりも高価だそうです。

 ANTIQUE (アンティーク) と言う言葉はヨーロッパの方では、その家に代々受け継がれたモノが、100年以上経っている物を「アンティーク」と形容するようです。我が家のモノ達は、まだまだこれから受け継がれて?ANTIQUE  (アンティーク)と呼べる様になるのですね。気の長い話ですね!