朝日を受けたステンドグラス
我が家には6枚のステンドグラスがあります。その内 5枚は家(店)の一部として、明かり取りの役目で埋め込まれています。
色の付いたガラスって本当にきれいなんです。でも、色が付いて無い透明なガラスも、いろんな地模様があったりして‥とにかく 光を通した姿はなんともいえず、それが気持ちの良い朝日だったりした時には、思わず拝みたくなる私でした。(スミマセンおおげさでした)
プチ自慢します。新婚旅行の際『ノートルダム寺院』に行って、それはそれはとてつもなく立派なステンドグラスを案内の方が指して、「晴の時より曇りの時の方がステンドは綺麗なのですよ」と説明してもらいました。本当にその通りで、色がハレーションおこさずハッキリ見えるのは曇りの時です。
はじめてステンドグラスというモノを購入したのは、ご主人さまへの誕生日のプレゼントでした。近所に『トキ貿易』というアンティーク屋さんがあって、私たちの休日の散策コースにそこが入っていたので、買う訳でもなくよく出入りしていました。その日も、ひやかし気分で入ったくせに、ご主人さまは、なにげに目にした『薔薇模様のステンド』を力一杯見ていたのですが、プライスが付いていなかったせいか(値段を聞くのも恐かったのでしょう)その時は、欲しいともなんとも言わずに帰りました。その後、何度か通っても「まだあるね~」の会話が1~2ヶ月か続いて‥ じつは この頃、私たちは本当のところ"テーブル"を求めてアンティークショップ廻りをしていた頃で(それについては、また後日)、納得できるモノ(サイズ・雰囲気・価格!)を探して右往左往でした。そうしたら、『トキ貿易』にちょうど良いテーブルがあったのです!で、そのテーブルの代金を私が支払に行ったついでに 意を決して例のステンドの事をきいてみたら、「な~んや、私でも買えるやん」程度の値段で、めでたくご主人さまの誕生日にプレゼントできたのでした。もちろん、えらく喜んでくれましたよ。
そうなんです。真のステンド好きは ご主人さまなのです。
ご主人さまのステンドグラスの鮮烈な出会いは、テレビドラマ『探偵物語』の工藤探偵事務所内のステンドグラスらしく、そこで見た記憶は消せないようで それで見たのと同じような?なんだか怪しげな花模様のデザインを好み(ある意味おとめチック)、門間眼鏡店内には2ケ所にステンドをはめ込んでいます。<U>毎日、御近所の「バニー服部さん」を相手に「ダメだこりゃ~」と探偵事務所気取りです。</U>(ここの文はどうしても書いて欲しいと‥)やはりこの年代には松田優作さんの影響は思春期には強烈だったんでしょうねぇ~●ー●。 ちなみに私は、ショ-ケン派で火鉢に半纏か、襟元に新聞紙でコンビーフですかね。v(^。^)
我が家にあるステンドは、ほとんどがヨーロッパの家で実際に使われていた窓だったり、ドアだったりした1930年代のモノです。
これも、そのまんま枠付きで鍵ノブ付きのモノです。ご覧のように 右下の方に一本不自然な横線が入っていますが、ヒビを鉛で修正してあるのです(我が家のポリシーは、譲っていただいた物や、捨ててあった物や、決して高価な物は購入しない事です!リサイクルと言う方かも知れませんね)。このステンドのお宅は、たぶん新しい窓枠をはめ込まれた?のでしょうねぇ。はるばる日本まで運ばれ我が家の窓際に飾ってあります。『捨てる神あれば、拾う神有り』です。
その他、ステンドガラスは3種類はめ込まれています。機会があればまたご紹介しますね。門間眼鏡店店内2ケ所のはいつでも見にきて下さい!ちなみに、一番最初に買ったステンドは入って正面上の『かわいい』の です。
最後に、今日2月22日は ご主人さまの誕生日でした。
かしこ
H.16.2. 22
以下、資料より
ステンドグラスという言葉の由来
ステインとは「着色する、染付ける、脱色する、焼き付ける」といった意味で、焼き絵を施したガラスというのが本来の意味だそうです。
以前に聞いた話なのですが、ステンドグラス工芸として日本は、明治の文明開化の時代までステンドグラスの姿を見ることはなかったようです。
その後、明治初期にアメリカ・ドイツへ留学等した日本人が技術を持ち帰った事から始まったといわれます。
西洋建築物・華族の邸宅等に使われ、次第に広まっていったようです。太平洋戦争により多くのステンドグラスが破損・焼失した為でしょうか、戦前の日本製のステンドグラスはとても希少で外国製よりも高価だそうです。
ANTIQUE (アンティーク) と言う言葉はヨーロッパの方では、その家に代々受け継がれたモノが、100年以上経っている物を「アンティーク」と形容するようです。我が家のモノ達は、まだまだこれから受け継がれて?ANTIQUE (アンティーク)と呼べる様になるのですね。気の長い話ですね!