今回は、
「オーバル型」 です。
「オーバル」は英語で、日本語訳にすると『長円形』とか『卵形』となります。
まん丸ではない円形の眼鏡の総称ですね。
こちらも古くからの型ですが、縦幅がせまく横長の楕円形のため、
クセがなく顔に馴染みやすい形です。自然で優しい和らいだ印象が与えられます。
女性の方に 人気が高いフレームの型です。
分かりにくい事やご質問の際は当店へお問い合わせください
今回は、
「オーバル型」 です。
「オーバル」は英語で、日本語訳にすると『長円形』とか『卵形』となります。
まん丸ではない円形の眼鏡の総称ですね。
こちらも古くからの型ですが、縦幅がせまく横長の楕円形のため、
クセがなく顔に馴染みやすい形です。自然で優しい和らいだ印象が与えられます。
女性の方に 人気が高いフレームの型です。
分かりにくい事やご質問の際は当店へお問い合わせください
初めて この曲を 聴いたのは、
泉谷しげる氏の 歌声ではなく、
S I O N さんのレコードからでした。(20数年前...)
♪~春をながめる余裕もなく
夏をのりきる力もなく
秋の枯葉に身をつつみ
冬に骨身をさらけだす
今日ですべてが終わるさ
今日ですべてが変わる
今日ですべてがむくわれる
今日ですべてが始まるさ ♪~
となりを横目で のぞき 自分の道を たしかめる
またひとつ ずるくなった 当分 てれ笑いが つづく ♪~
しわがれ声に この歌詞ですよ! 大人の世界を 感じましたね。
[ 人のためによかれと思い 西から東に かけずりまわる... またひとつ ずるくなった ... ]
ほんとうに いろいろと影響を 受けた 大好きな曲です。
それが、先日 嫁が台所で携帯電話で音楽 ♪~ を 掛けながら洗い物を してたのですが、
そこに一曲 聴きなれない曲が 聞こえていたわけで... ( 他の曲はOld Songです... )
詳しく聞いて見ると 息子が 「 ええ曲やから 聴いてみぃ 」 と携帯に入れてくれたみたいで、
その曲がとっても好いのですよ! さっそく 私の携帯電話にも 入れてもらいました。
Hilcrhyme (ヒルクライム) 「春夏秋冬」 という曲でした。(ジャンルはラップ??)
昨今(きょうび)の 中学生の 「春 夏 秋 冬」 はこれなのですね...。
恐れ入りました! 勉強になりますm( u_ u )m
♪~ 今年の春は どこに行こうか?
今年の夏は どこに行こうか?
春の桜も 夏の海も あなたと見たい あなたといたい
今年の秋は とこに行こうか?
今年の冬は どこに行こうか?
秋の紅葉も 冬の雪も あなたと見たい あなたといたい ♪~
全ての季節 お前とずっと居たいよ
春夏秋冬 ♪~
うぅ~ん、 前向きだ~!!! 暗さもな~い! いい曲ですね。
ポジティブシンキング(Positive Thinking) 今の時代は これですね。
最近お気に入りの曲になりました。
たまには新しい曲(新譜♪)も聴かないといけませんね。
また、息子に こっそり教えてもらいましょう...。
メガネフレームの基本的なレンズの型の説明をしていこうと思います。
まずは、
「丸型」
ラウンド です。初めて眼鏡というモノが出来たのが 13 世紀末頃のイタリア で, 丸型(ラウンド)の型で眼鏡が誕生 したといわれています。
今日の眼鏡の型の第一歩で、初期の眼鏡はほとんどがこのタイプです。
アメリカの喜劇役者、ハロルド・ロイドが掛けていたことから「ロイド型 Loyd」とも呼ばれています。
レンズが丸いものは眼鏡の原点ともいえるトラディショナルなものです。 個性は出るかもしれませんが、優しい印象を与えます。
大江健三郎さんや北大路魯山人さんなどは日本の丸型眼鏡の代表ですね!
次に、
「ボストン型」です。
こちらの眼鏡の特徴は、やはり丸みの帯びた三角形の「逆おむすび型」でしょうか。
名前の由来ははっきりと分かっていないようですが、アメリカの都市「ボストン」で流行したから という説もあるみたいです。ハーバード大学など大学が多い町なので学生色の強い眼鏡の形 なのでしょうか?どこか知的なイメージも感じられますね。
日本でも戦前からあった形で親しまれたようです。(大正浪漫 モボ&モガ)
「ラウンド型」・「ボストン型」はともに,古くからある流行りすたりない伝統的な型ですが、 逆に個性が強いフレームの形かもしれませんね。個人的には大好きな形です!
若い年代の方にも粋に掛けていただきたいですし、あえて昔風を楽しみ温故知新的な眼鏡の 選び方を是非楽しんでいただきたいです! 目指すはモボ&モガです!
*以後、フレームの形がいろいろと増えてきたのは、レンズの加工技術の発達と、 プラッチックレンズの開発が大きな要素ともいわれています。
他の玉型も、また続いて紹介していきます。
分かりにくい事やご質問の際は当店へお問い合わせください。
「 "鎌"
洒落を含んだものです。
柄を文字に見立てて読ませるなぞなぞである「判じ物(はんじもの)」の ひとつで、江戸時代に流行った柄だそうです。
「 細かい事にはこだわらない 」といった男気を表したという、 歌舞伎役者の七代目市川團十郎が着物の 柄として愛用したことから大流行したようです。
また、元々の深い意味では、
「 水火(すいか)ない覚悟 をもって」
= どんな苦痛も危険もいとわず、物事に力を尽くし、弱いものを助ける」という
心意気を示した町奴(ゴロツキ?遊び人?洒落者?)たちが好んで着たのが始まりみたですよ。
う~ん 深いですね~。
よく使われている?
「♪~ ちっちゃい事は気にしない~ "かまわぬ、かまわぬ~"」とは少しニュアンスは違いますね?
私としては... 「かまわぬ! かまわぬ! 」 と までとは、
とても言えず ...
「かまって!かまって!(気にしてください、仲良くしてください)」 、ですかね?
ここは深い意味のほうの 「 水火(すいか)ない覚悟 」 で、 「 鎌輪ぬ 」柄のアクセサリーを 身に着けてみましょうか? ↓↓↓↓↓↓ それなりの覚悟が必要?
*「かまわぬ」柄 ↑ 「薩摩ボタン」アクセサリー カフスボタン
初マラソンに挑戦して、 見事に!!
撃沈!
M®NO 致しました!
本当に情けない状態でした。(身も心も...)
膝痛に不安を抱えながらの出場でしたが、走れなく歩けない自分に涙が出ました...。
ご一緒させていただいた尊敬する方々(Sさん・Kちゃん)は初マラソンながら見事に完走!!

今回もわたくしの器の小ささを思い知りました...が、
本当に良い経験が出来たことを家族や友人に感謝しています。 m( _ _ )m
またひとつ目標が出来たことを励みに楽しんでいこうと思います。
驢馬黙黙(ロバモクモク)と言うことで、
ボチボチと頑張っていきます。
マラソンには来年も挑戦していきますよ!
「テンプル」
眼鏡の側面の部品で、英語で「こめかみ」の意味。
耳の位置によって長さを調整したり、
毛細血管や抹消神経の多いこめかみ部分を圧迫し
ないようにすることが大切です。
(幅などは専門店でフィッティングにより調整出来ます)
テンプル先端の耳あて部分にかぶせられる
「先セル(モダン)」は耳に直接触れる部分で、
耳に掛けるというよりは、顔の側面のカーブに沿った
形で面でささえせるように肌に密着させます。
また、耳の後ろで湾曲する形も考案され、
このタイプ(ケーブルテンプル・縄手)の眼鏡を 「乗馬眼鏡」と呼びました。
今でこそ眼鏡は耳に掛けるものと決まっていますが、
歴史的にみるとこのテンプルは画期的な発明ですね。
「丁番」 蝶番
テンプルを折りたたむ為のパーツ(ちょうつがい)です。
眼鏡で唯一の可動部分で、ネジを用いたスタンダードのタイプの他、
バネ蝶番など種類は豊富です。
「智」(ち) 、 ヨロイ
フロント両端にある丁番との接続部分です。
レンズをフレームに固定するために、金属フレームの場合はネジで締めるようになっています。
また、テンプルを開閉する際に最も負担がかかる部分のため、各ブランドでさまざまな工夫が
凝らされています。
眼鏡の部品・部分用語の説明をしてみました。
眼鏡の玉型については ↓
分かりにくい事やご質問の際は当店へお問い合わせください!
眼鏡フレームの各部の名称と機能を分かりやすく伝えられれば良いのですが...。
まずは、上の解説図 ↑ の眼鏡フレーム前面部を大きく部分わけして、
「フロント(前枠)」と呼びます。 フロントは眼鏡の第一印象を決定付ける部分。 レンズ型などでバリエーションは豊富で、眼鏡の形の区別は要するにこのフロントのデザイン。
*(フロント部のレンズ型等の名称は次回以降また順番に解説して行きたいと思います)
次に、
「 リム 」 と言う部分ですが、
フロント(前枠)のレンズの部分を囲むフレームの
名称。日本語に要すれば縁(ふち)です。
リムの内側には溝が掘ってありレンズをはめて
固定する役目があります。
リムが無いフレームや上部・下部のみにリムの付く
フレームタイプ(縁無し・ナイロール・アンダーリム等)
などいろいろあります。
「ブリッジ」
左右のリムをつなげるパーツ(橋わたし)です。
眼鏡に衝撃が加わった場合に最も負担のかかる部分で、
その長さや太さなどで眼鏡のイメージも変える
(彫金など装飾が施されたり)案外重要な部分です。
「パット」
鼻を両脇からはさむようにして眼鏡をささえるパーツで、「鼻当て」とも呼ばれます。
眼鏡の重量をこの小さなパットでささえるので重要な部分です。
また、鼻に直接触れる部分で 汚れやすい為、交換することも出来ます。
フレームと一体型になっているモノもあります。 (セルフレームなど)
「クリングス」アーム(足)
フロントとパットをつなぐための部分で、
眼とレンズの距離を微調整したり出来るようになっています。
眼鏡のフィット感や見え具合に大きな役割をもつ部分です。
おもに金属フレームに多く付き セルフレームにはクリングスのないタイプが多いです。
眼鏡フレーム用語解説 ② に つづく
眼鏡の玉型については ↓

左から ヴィム・ヴェンダース ジャン・リュック・ゴダール マーティン・スコセッシ 黒澤 明 ウディ・アレン
個人的に大好きな世界の巨匠「 映画監督 」です。 時代的なものもあるのでしょうが、太目のセルフレームですね。
流行は巡り巡りますね...! 昨今は太目のセルフレームが大流行しています。
先人たちへの強い憧れなのでしょうね。
先日DVDでマーティン・スコセッシ監督のローリング・ストーンズのライヴ・ドキュメンタリー映画
「SHINE A LIGHT」を見ました。 映画監督が撮るとこうも惹きつけられるものかと...、 今までのストーンズのライブビデオの中でも一番好かったです!
それまでも、ジャン・リュック・ゴダール監督の作品で『ワン・プラス・ワン』(One Plus One) 名曲『Sympathy for the Devil 悪魔を憐れむ歌 』 が出来上がるまでのレコーディング風景の ドキュメンタリー映画を撮っていますが、巨匠映画監督に愛されるストーンズなのですね。
しかしまぁ、年を重ねれば重ねるほど格好良くなるバンドなんて他にいませんよね?
継続していくことの素晴らしさですね。
65歳であれだけ走り廻り腰の振れる格好良い男!、ミック・ジャガー恐るべし...!?
お薦めです!
(The Rolling Stones「Beggars Banquet」↑レコードジャケットを利用したジャケット時計!)
映画 『How I Won The War(邦題:ジョン・レノン僕の戦争)』
(1967年)
ジョン・レノンさん単独出演作品でメガネを掛けて出演しています。
(ビートルズの映画を撮っていたリチャード・レスター監督作品)
そのメガネは、'47年にイギリスの国民保険の適用を受けて
目の悪い人に配給していたと言われている ALGHA社製のフレームだったそうです。
以前勤めていた「白山眼鏡」にはイギリスから直輸入で取り扱いをしていて
(日本初で先見の目が凄いです)UNITED KINGDOM(キングダム)と言ってました。
(注:90年代以降は Savile Row Collectionと言う名前になっているようです)
この中輪・ナカワ(細いメタルフレームのリムに細いセルロイドを巻いたもの)
タイプのフレームは見るからにイギリスの匂いがプンプンしていました。
映画「チップス先生さようなら」や「インディー・ジョーンズ」シリーズで、
ハリソン・フォードさんなどが掛けたりもしていますね。
私も、あまり似合っていませんでしたが...英国気取りで掛けていました。
思っていると...、 この直輸入分は日本人用に鼻元のブリッジを 短くして造っていたみたいです。 (外国人の立派な鼻梁用では鼻幅が広すぎて) それと、レンズサイズも日本では47・49φの 2size展開だでしたので...。
そこで私は、より近いフレームにしようと、
小さいサイズのアンティークフレームにセル輪を
付け改良して掛けたりもしていました。
(変な奴だと思わないでくださいね、20年前の話ですから...)
私の眼鏡の話ではなく...、 John Lennon ...、
ジョン・レノンさんの眼鏡の話ですね。
さいたま市の「ジョン・レノン・ミュージアム」に
常設展示されているメガネがあります。
ALGHA社製(一山ラウンド・ナワ手・金張り 37□20)
金色の鼻当ての無い巻きツルタイプの眼鏡です。
'71年の「イマジン」の製作時に補助的に使用していたり、
'76~'77年に使用していたものだそうです。
ちなみに「イマジン」のプロモーションフイルムで白いピアノを弾いている
眼鏡は、パット付きの金色のボストン型でブリッジは「へ」の字型、
智の付いている位置は真ん中辺りで巻きツルで、
やはり ALGHA社製だったようです。
ビートルズ末期から英国に住んでいた頃はほとんどこの眼鏡での写真が多いです。
ビートルズ末期~ソロ初期の愛用眼鏡 ですね。
その 「イマジン IMAGINE 」プロモーションフイルムは有名ですよね!
その当時LIVEビデオなどは、
他のアーティストさんも出されていますが、
全13曲をイメージ的なメッセージ性の強い
プロモーションビデオを創られたのは、
「ジョン・レノンさんとオノ・ヨーコさん」が
初めてじゃあないですかね?
(また推測で...すみません)
以後プロモーションフイルムは宣伝方法の重要な役割のひとつになりましたよね。
またまた余談ですが、名曲「イマジン」のプロモーションフイルムで
オレンジ色の薄いカラーのメガネを掛けて歌われています。
この色を選んだのは風水で「インスピレーションを刺激する色」
だったからとのことです。(東洋の影響はやはりヨーコさんですね)
もしやニューヨークライブのブルー色のレンズも風水的なものですかね?
以後、アメリカに永住されてからは
AO(アメリカンオプチカル) や シューロン製 (shuron.com)の
金色のパット付きのボストン型メタルフレームで巻きツル(智の位置は高い)
物を主夫時代の'77年頃から掛けているのを写真集等を見ると確認出来ますよ。
しかしまぁ、ジョン・レノンさんほどメガネでいろいろ調べられたり、
「メガネ」の写真が競売にかけられたり、レプリカフレームが出たりしてる人は
他に居ないんじゃあないですかね?さすが伝説の眼鏡ロッカーと言うことで...!!
まだ、 ジョン・レノン さんの眼鏡のことは書けますよ。(またいつか...)
眼鏡に関しての面白い情報もお待ちしています。
CLAYTON FRANKLIN - CF - 559 セル巻き ボストン型 GP
お詫び)
いろいろと、メガネの専門的な用語(ボストン型・智・ナワテ・ブリッジ等)を
使っていますが。また、分かり易いように解説するようなモノも書いて行こうと
思っていますので... どうぞお許しください m(u u)m
やはりこの人は外せませんね。ジョン・レノン さん!!
憧れましたね。
ビートルズに関しては小学校の頃に、サンテレビで
「アニメ・ザ・ビートルズ」を見ていたのを憶えています。
「ドボチョン一家」や「チキチキマシーン猛レース」
「キングコング」など外国モノのくくりで
何度も再放送されていたので見ていました。
確か30分番組だったと...もちろんその頃はビートルズとしては知りません、
マンガのキャラクターとしてみていたと思います。
ジョン・レノンさんに関しての強烈な印象は
『ライヴ・イン・ニューヨーク・シティ(Live in New York City)』
1986年発売のジャケット写真でした。
ミリタリーファッションに、 青色 レンズの丸いサングラス。
ラウンド眼鏡にブルーのレンズですよ!病的な印象で怪しすぎです!
強烈でしたね。
その翌年「白山眼鏡店」就職させていただきました。入社してから知ったのですが、
「ジョン・レノンは白山のオリジナルフレームで眼鏡を作ったんだよ。」と教えていただきました。
そう!撃たれたときに掛けていた眼鏡だったんです。 (この話はまた詳しく書きたいです!)
知る人ぞ知るなのでしょうか?それとも私が若造だったのか?とても驚きました。
もうその当時には同じモデルのフレームは販売されていませんでしたし、
ジョン・レノンの名で商売をされたくなかったのか...?
あまり多くを語られなかった白山専務(現社長) でした。格好良いです!
それからですねぇ、もっとくわしくビートルズやジョン・レノンさんの音楽や映像・本などを好んで
調べるようになったのは...。また詳しい方も廻りにいっぱいいらっしゃったので楽しかったです。
ジョン・レノンさんの実際使われていた眼鏡を、当時の勤務地のうめだ阪急百貨店であった
催し 「生誕50周年 ジョンレノン展」の展示で目にすることが出来ました。
眼鏡屋に勤めていたのでレンズの度数とかお客様のメガネを沢山見てきましたので
分かるようになりましたが、とっても度数の強い方だったのだな...と。
近視もそうですが乱視の度数が相当強かったです!
(メガネをいろんな方向から変えて見ると分かります)
子供の頃に観たアニメでは ジョン・レノンさんはメガネを掛けていなかったですし、
ビートルズデビュー前や初期の頃の写真でもメガネを掛けている姿はほとんど無いです。
(リハーサルスタジオで黒縁の濃ぃい色のサングラスを掛けている写真は見た事はありますが、 度付きだったのですかね?)
これほど度数が強いのに? メガネにコンプレックスがあったのでしょうか?
それともマッシュルームカット上のイメージ戦略の為に掛けない様にさせられたのでようかね???
(想像してごらん~? イマジン ですね)
やはり!当時結婚していたのを
隠していたのと同じように
アイドル的アプローチで策略されていたのでしょう !?
(勝手に結論..すみません.)
(←ピクチャー盤を利用した
その後、メガネを掛けてよく登場するようになり
トレードマークのようになったのは...
レコードジャケットからだと、
『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』(1967年)からです。
(この頃から髭も伸ばしはじめています)
玄人イメージで他を寄せ付けないような雰囲気も メガネと髭のお陰?
(オノ・ヨ-コさんの影響か?)
教授や博士ぽく...?ロッカーではなく音楽家って感じになりましたね。
メガネによるイメージチェンジですね!
以降、ジョン・レノンさんのラウンドメガネは長髪とあわせてトレードマークになりますね!
いや~まだまだ語れますよ! John・Winston・Lennon さん! 語らせてください。
「サザエさん」がテレビ放送開始40周年を迎えられたみたい ですね。
やはり外せないテレビ番組ですね。亡き父が大好きだったので欠かさずサザエさんの放送はテレビに映ってました。 (まえは火曜日にも放送されてたような?思い出もありますが?) 番組を楽しく見終わると「明日、学校か...」と、現実に戻り悲しくなる日曜夕方の「サザエさん」でした。
今も我が家では日曜6時半は「サザエさん」です! これで親子3代でお世話になっていることになります。
以前、東京の三軒茶屋に住んでいた頃、新玉川線の2つ先の駅 桜新町にその年「長谷川町子美術館」がオープンしたのを憶えています。今では商店街が盛り上げてサザエさん通りも出来ているみたいで、(街・町おこしのはしりですね)また是非訪れてみたいです。
それにしても、サザエさん一家(磯野家・フグ田家)を取り巻く人々の不老不死にはうらやましくも哀愁さえも感じさせまてくれます!
もう私は、サザエさん(24歳)マスオさん(28歳)を大きく越えてしまいました。息子もカツオくん よりも年上に!波平さんが54歳ですので、後10年ばかりで越えてしまいそうです...。
今晩、「実写版サザエさん」が放送されるみたいで、このブログを思いつきました。
以前も浅野温子さんで「実写版サザエさん」が放送されていましたね、波平さん役が「いかりや長介さん」だったと思います。今晩の放送も楽しみですが、マスオさんの眼鏡は是非とも原作に近い「丸眼鏡」を使用して欲しいです!前回のマスオさん役の宅間伸さんの眼鏡も違ったような?
最近では、グリコのCMで~25年後の磯野家~シリーズを放映して面白く見いていますが、 波平さんフネさんの姿が見られないのはやはり寂しいです!
これからも不老不死の[サザエさん]を見続けていきたいです。我が家もまだテレビはアナログで...磯野家のお茶の間のテレビに負けじとブラウン管です。どちらが先に地デジ対応になるかは2年後の楽しみです。
それから、けっして携帯電話は持ってはいけないよ!カツオ君!黒電話で十分ですよ。
追記) しっかりと見ましたよ。楽しかったです!
それにしても観月ありささん好かったです。声もサザエさんでしたね素晴らしかったです。 時代物の扇風機・柱時計・ピンクの公衆電話や洋服などの小物もバッチリはまってましたね。
それと、マスオさんの眼鏡の事で語りましたが...筒井道隆さんの掛けていた眼鏡、その当時の感じが出ていてとっても格好良かったです。(髪型の寝癖の感じも) 波平さん役の鶴太郎さんの眼鏡も遠視系のレンズが入っていたような?こちらもよかったです。
それにしても「ALWAYS ~三丁目の夕日」以降かな?とってもリアルな昭和を表現される(日用品や乗り物など)事が嬉しいです。時代を語れる古い物は本当に大切にしていきたいものですね。
PR 薩摩ボタン
これはさてさて、どうしたものかと...。まずは長く歩くことを日課にしようと裏の土手沿いや市街地を1万歩を目安に歩きはじめました。
閉店後で土手沿いは外灯もなく暗くて怖そう...だったので嫁に付いて来てもらいました。
なるべく大股で速めなウオーキングを目指して一緒に歩くのですが、嫁の歩くことの速いこと速いこと、さすが大阪人(なにわの女)!これまた後ろをついて歩くのがやっとのざま、情けない...。嫁も夜はヨガの講師があるため毎日は難しくそのうち暗さにも慣れてきて一人で黙々と歩き続けました。
長く歩くのにも慣れてきたころからジョギングを始めていったのですが、やはり1キロ越える頃には息切れ、歩いては息を整えまた走るの繰り返しでした。半年後位にはなんとか約5キロを走りきれるようになりました。
でも、月明かりも無い暗がりを走っているときや気持ちの冴えない時は「なにをやってんだろ?」「しんどいやろ?やめたら?」と頭の中で悪魔くんが囁きます。そこで今度は息子の出番!「野球の為や、一緒に走ろう。」と引き連れて走るようになりました。
これが良かった?息子と会話しながら走っていると普段出来ない話も聞けたり、それに会話をする為には深く呼吸しないと話せませんし速く走られないのでペースが安定してラクに楽しく走り通せるようになりました。(息子はもっと速く走りたそうでしたが)これが本当に良かったです!
この ゆっくりラクに楽しく走ろう精神が続けられた要因かもしれませんね。
だいたい同じ時間帯で走っていますが、すごく四季を感じることも出来ます。夏は暑い冬は寒いは当たり前なのですが、夏の日の長さ 冬の鼻の中がキーンとする空気の感じ、草刈の匂いやバーベキューの匂い?いろいろです。
また、同じようにジョギングやウオーキングをされている方とすれ違うことが多くなります。会釈したり声を掛けられたり、夏の日には小学生の女の子たちに追い掛け回されたことも(ゆっくりペースですからついて来れるのでしょうね)。サボりがちになりそうなときは「あの人は今日も走ってはるのかな?」と自分を奮い立たせたり、逆に「最近見かけないな?」と心配してみたりして、続けるための糧にもしています。
なにはともあれ、ストレス発散にも?なっているみいたいですし続けて来れた事なので、これからもボチボチ無理なく楽しく走って行きたいです。
追記)尊敬するSさんのブログです。http://www.onanysunday.jp/ とても綺麗な写真や参考になるコメントが豊富です。今回は「体幹」の情報もあり、膝痛改善の為に役立ちそうです。
けっしてけっして走ることを奨励するとか走ることを自慢するとかではないです。
今でも現役で野球やソフトボール・バレー・サッカーなどスポーツを楽しんでる方々を見ると羨ましく思います。
わたしも中・高校時代は6年間同じスポーツを続けて熱中していました。
卒業後は大都会に出させてもらえたので(親に感謝)、新しい世界(映画・音楽・酒の付き合い?)を新鮮に楽しんで吸収していきましたので、スポーツとはまったくと言っていいほど無縁な男になっていました。
体を動かさないといけないと前々から考えていましたが、チームプレーなどは小売販売の自営業柄なかなか休みがとれなく(土日祝)どうしても踏ん切りがつかないままでした。
それでは一人でも出来るスポーツを!!
それが、走り出したきっかけ!では無く......。 前にも書きましたが一人息子へのライバル心からでした。
小学校の高学年から野球クラブに所属するようになり息子とキャッチボールやバッティングの手伝いが日々の日課で、「まだまだ出来るがな。」と初心者相手に悦に感じていました。
そのうち1週間に一度ほど野球チームのコーチ(雑用係り)として選手たちの手伝いに行くようになり、立派なコーチが沢山いらっしゃったので雑用係りとしてはやることもないので...、子供達といっしょに体を動かしていました。練習の始まりはグラウンドを大きく2~3周ランニングするのですが、後をついて行くのがやっとで息は切れる切れる。息子や選手たちは涼しげな顔!
「こりゃいかん!基本のランニングも出来ん奴とバカにされたら一緒にキャッチボールもしてもらえんようになるかもしれん...。」これがジョギングをするようになったきっかけです。
自慢できるようなきっかけではなく小さな小さな子供たちへのライバル心からです。
大人気ない!?
つづく (大袈裟な...)
元祖眼鏡ロッカーはやっぱりこの人
「バディー・ホリー」 さん ですかね!?
この黒縁眼鏡!
当時としては強烈なインパクトだったんじゃないですかね?
眼鏡の度数も強そうだし!
弱点を逆にイメージアップに変えたような潔さを感じます。
サングラス姿ではなく、
コンタクト(当時はないか?)ではなく、
眼鏡!眼鏡!眼鏡!
( ↑ ピクチャー盤を利用したレコジャケ時計 )
細身の体にガリ勉そうで男前!
そのスタイルは目が悪くて悩んでいる音楽好きには多大な希望をあたえた事だと思いますよ。
黒縁眼鏡にリーゼントを決めて 「バディー・ホリー」 みたい!
エルビス・コステロさんに陣内孝則さんも影響大じゃないですか!
はじめて「バディー・ホリー」の曲を聴いたのは、
ジョン・レノンのソロアルバム「ロックンロール」のペギー・スーのカバー曲からでした。
ジョンレノンさんが敬愛するミュージシャンのカバーアルバムです。
まだまだ居ますよ!
格好良い眼鏡ロッカーさん は!
元祖に続くようにアップしていきたいです。
閉店後に堤防の土手をジョギングするようになり、いつも渡る古い橋です。
この季節になると夕方6時には暗くなってしまいます。
ですから景色を楽しみながらジョギングするようなことはめったにないのですが、たまたま早朝にジョギングする機会があり何気に橋の欄干に目をやると「コウノトリ」のレリーフがありました。
ここ3年程はよく通る橋ですし物心付く頃にはその橋はありましたので、かれこれ40年以上気が付かなかったことになりますね?
近年コウノトリの放鳥等で話題ですが、
それほど前から豊岡市とコウノトリは深く関わっていたのですね。
車社会になりこの橋を歩いて渡られる方も少なくなってますが、その町を語る(知る・自慢の?)装飾が施されている橋も多いのでしょうね。
この橋を渡って3キロほどすると「コウノトリの郷公園」です!
これも走る様になってから気が付けた発見です。まだまだ知らない発見・出会いが出来れば嬉しいです。
近場で言えば城崎や出石などは町ご自慢のレリーフがありそうですね~。
3年程前から閉店後にジョギングをするようになりました。当初は1キロ走るのも息切れするような老体です。
走り始めの理由は健康のためと息子(当時小学5年)へのライバル心からでした。
いつものコース約5キロを走り通せるようになるまで半年位かかりました。
走ると言っても決してスピードは出さないようにしています。だんだんと距離を延ばせて走れるようになって来た頃には、大会に出てみる?などと欲が出たりして...、
10キロのレースなのですが3回ほど出場しました。
やはり一人で走るよりは大勢の方と走ると元気をもらえますし、普段体験できない緊張感と達成感を感じることが出来ます。
ここ半年、同年代の尊敬する方々(Sさん・Kちゃん)と時々いっしょには走らせていただくようになり、フルマラソンの出場の話が出ました。
長い距離を走り切ったことがあるのもせいぜい15キロくらいで...、「まだまだフルマラソンなんて」と無理と考えていましたので(今も思っています)話をはぐらかせていました。
でも、その尊敬する方々が日々真剣に練習(どちらの方も忙しい方で仕事を終えた後や仕事前の早朝など)を時間を見つけてはコツコツと取り組まれている姿に刺激され、申し込み最終日に定員オーバー覚悟で申し込んでみました。
もしかしたら出場?と思いつつ黙って走りを続けてましたが、今月に入った頃から膝・腰の痛みでまったく走ることがまったく出来ない状態で悩んでいたところ...この参加券の到着でした。
不安いっぱいなところに、
「途中棄権でもリタイヤでもいいじゃないですか。チャレンジ精神が大切ですよ!一緒に頑張りましょう。」と、励ましのメールをいただきました。
そうですよね!まずは挑戦ですよね!チャレンジですよね!
とりあえず腹は括りました。本番まであと2週間です!その後はまた報告したいと思います。
まずは、取り急ぎ膝痛・腰痛の改善まで。
フランス映画ですが、その中で デニス・ホッパーが掛けていた
眼鏡にグッと来た20代の頃です。
病気で死を宣告されているドイツ人(ブルーノ・ガンツ)を
アメリカ人の詐欺師(デニス・ホッパー)が1度限りの殺し屋に仕立てようとするのですが、
詐欺師の知らないところで第2の殺人を依頼され実行しようとするドイツ人に、
デニスホッパーが登場するのですが、
その眼鏡姿がメチャメチャ格好良かったです。
眼鏡を掛けているのはそのシーンだけで、
列車内での変装の為だったのでしょうが?これだけで印象がガラッと変わります。
眉の部分が薄い黄色のブローフレームだったと思います。とてもいやらしく知的に見えました。
それにしても若い頃の ホッパーは ショ‐ケン に似ていました。
たぶん ショーケンが意識していたのでしょうけれども?

そういえばショーケンもブロー(上の部分がセルで下が金属)の眼鏡を掛けて
80年代目立ってましたね。 もちろん憧れました!
追伸)デニス・ホッパーさん が、ガンの治療のため 入院したみたいですね。
早く復帰してほしいものです。
老眼鏡に憧れて20代に愛用していた眼鏡です。どちらもアンティークフレームです。
レンズサイズはとても小さく36mmくらいで完全に目がはみ出していました。
鼻元のパット(鼻当て)が無いものを一山式と言います。鼻の上に乗せている形です。
まだまだ眼鏡フレームの技術が進んでいない頃、ずれにくい眼鏡にしょうと耳の後ろで湾曲する形の眼鏡のつるが考案されました。ちなみにこのタイプの眼鏡は、一般に「乗馬眼鏡」と呼ばれたようです。
この眼鏡を掛けてハンチング帽で出かけていた頃、不思議と年配の方に声を掛けられいろんな話を聞けました。
小津安二郎の映画の話やビートルズ関連のものを頂戴したりしました。
「あなた好きなんでしょ?」と言わんばかりの笑顔で話しかけられた思い出があります。
最近、私が愛用している「CLAYTON*FRANKLIN」のCF-718 Vintage Brown Tortise です。
実はここ1~2年で加工中にネジや調整をする際に細かいものが見えにくくなり、
眼鏡を外して作業をする事が多くなってきました。
私の目は近視と乱視なので字の如く、近くのものは見えて遠くが見えづらいのです。
普段の使用は遠方視が目的なので掛けていないと運転も出来ません。
「とうとう来たか!」 さすが初老に差し掛かってきた現実!
普段視力検査などさせていただいて遠近両用も多数販売して来ました。
ただ実際には分かっていても自身が使用体験(レンズ)できない世界でしたので
(年齢的に)説明に説得力があったかどうか?
これで遠近デビューを果たせることが出来、今後の検眼にも役立つこと間違いないです。
かれこれ2ヶ月近く使っていますがまったく問題なく遠近両用眼鏡生活を満喫しています。
実は若いころから老眼には憧れがあり、
一番最初に憧れたのは スティーブ・マックイーンさんの映画 「ハンター」で、
ブリキのおもちゃを手に取って眺めているシーンが
とっても格好良く強く印象に残っています。中学生の頃です。
次にとってもインパクトがあったのが、
エリック・クラプトンさんのLiveビデオ
【アンプラグド〜アコースティック・クラプトン】(Unplugged)で 眼鏡ロッカー [ Eric Clapton ! ]
クラプトンの眼鏡を見るとレンズ下のほうに
なんだか
「若造には真似できないだろ?」と言われてみたいで...,
早く 遠近両用眼鏡掛けたい!
と強く思っていた20代でした。
少しは憧れの人たちに近づけたような?
遠近両用デビューでした。
格好良く年を重ねて行きたいですね。
初老バンザイ!